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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8546号 判決 1964年1月31日

理由

訴外株式会社新谷商店は、繊維製品の卸売を業とし、新谷文之輔を代表取締役とするが、昭和三五年六月二八日支払を停止し、昭和三六年二月二七日東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日、原告が管財人に選任されたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第二号証、同第三号証の一、二並びに証人山中竜三の証言によれば、破産会社は、昭和三五年五月二八日、被告から金一〇〇万円を利息金二万円を天引して弁済期の定なく借り受けたことを認めることができる。

被告は、金一〇〇万円は被告が新谷文之輔個人に貸与したものであつて、破産会社に貸与したものではない旨主張するけれどもこれに副う証人藪秀行の証言及び被告本人尋問の結果は前掲乙号各証及び証人山中竜三の証言に照らし措信できず、既に右主張事実を認めて前段認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告は、新谷文之輔から現金二〇万円及び原告主張の約束手形二通を受取り、右約束手形二通は満期に支払われ、結局被告は、新谷文之助から金一〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

(証拠)を綜合すると次の事実を認めることができる。

被告は、千葉市に本店を有する百貨店株式会社扇屋本店の取締役会長で、同百貨店は破産会社から繊維製品を仕入れており、破産会社代表取締役新谷文之輔とは昭和二四年頃からの知己で、同人が破産会社を創設する際には、関東地方一円の有力な呉服店で組織する団体に破産会社を紹介推薦する等援助し、最近破産会社が金融に苦しむようになつてからは破産会社に金銭的援助を与えており本件消費貸借もその現われの一つであつた。藪秀行は、破産会社店舗と四、五丁の距離に店舗を有する東京都中央区日本橋芳町二ノ四株式会社藪商店を主宰し、右商店は織物の卸売を業とし破産会社とは同業者であるから、同業者が支払停止するようなことがあればその日のうちにこれを知り得る状況にあり、被告は、藪商店舗内に株式会社扇屋本店の東京事務所を置き、屡々上京して同事務所で事務を執り、藪秀行とは極めて眤懇な間柄である。新谷文之輔は、昭和三五年六月二七日午前一〇時頃、破産会社の得意先である名古屋市中区矢場町株式会社ほてい商事本社において同商事からその買掛代金弁済として原告主張の約束手形二通を受取り、同日中に破産会社に帰社し、係員をして右約束手形二通を破産会社の売掛金入金帳に記帳させ、翌二八日(支払停止日)午後破産会社の所有に係る右約束手形二通その他有価証券、現金を合せ金五〇〇万円前後の破産会社財産を拐帯して行くえを晦ましたのであるが、被告に交付された前記現金二〇万円及び約束手形二通は破産会社の被告に対する前記一〇〇万円の債務の弁済として被告に交付されたものであり、その方法は、右二八日から翌月一〇日頃までの間に前記藪商店舗において藪秀行に、被告に対する詫状を同封した封書を託することによつて行なわれた。藪秀行は、本件消費貸借成立の経緯を知悉しており、右封書をその頃被告に交付し、被告は右交付を受けた封書をその場で開封し右詫状には新谷文之輔にとつて不名誉なことが書いてあつたので直ちに破棄した。藪秀行は、その後、被告のために、右約束手形二通の振出人と交渉する等その支払について労をとり、被告が現金二〇万円及び約束手形二通の交付を受けることができたことについて被告と共に喜び合つた。

右の通り認めることができる。

右認定に基づけば、破産会社の被告に対する債務金一〇〇万円の弁済行為が支払停止後になされたものであることは認め難い。従つて、右弁済行為を破産法第七二条二号に基づいて否認することはできない。然しながら、右弁済行為は、破産会社代表取締役新谷文之輔が他の破産債権者を犠牲にして被告に利益を与える意図を以て行なつたものであることを認めるに十分であり、被告においても右弁済の受領が他の破産債権者を害することを知つていたものと推認することができる。してみると、被告の善意の抗弁は採用できず、右弁済行為は、破産法第七二条一号に基づいて否認することができる。

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